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おかき
「だってそうでしょう。」

彼女は言った。

「このくそ暑い時期にはおかきを食べるのに決まってるのよ。これ常識よ。」

僕はその場に立ち、彼女が売り場にあるありとあらゆるおかきを
ぽんぽんとカゴに入れていくのを、見ていた。

やれやれ、なんたってこんな汗まみれの時におかきなんて食わなきゃならないんだ。

ひとまず僕は抵抗をやめ、おとなしく2つのかごに山盛りのおかきをレジへ運び
お金を払った。
おかきにこんな大金を使ったのだって初めてだ。
僕はこれからこのおかきを彼女と一緒に食べるのかと思うと、
2ℓのペットボトルのお水を、両手一杯買って帰りたかった。

が、ここはもう彼女の言うことに従っておくことにした。


彼女の部屋にあがったのは、その日が初めてだった。


出かける前には最低5着の服を試着する彼女の部屋は、
相当ごちゃごちゃしているだろうと思いきや、
家具なんてほとんどなく、リビングにあるものは
テーブルとソファ、テレビと小さな本棚ぐらいのものだった。


「ソファに座って待ってて。お茶、入れるから。」


彼女が台所上の棚から、急須とお湯のみ2つを取り出し、お湯を沸かす姿を
僕は茶色の固いソファに座りながらぼんやり眺めていた。

このソファ、どっかで座ったことがあるような気がする。
どこだったか。

最後の一滴まで振り入れて、2つの湯のみをテーブルに運んできた。


「さて、どれから食べようか。」

と彼女はひとつの袋から、手探りでおかきを引っ張り出してきた。

最初に開けたのは、ざらめの沢山ついた甘辛いおかきだった。
ものの5つで僕は飽きてきた。

「ねぇのりついたからいやつ、開けようよ。」

「だめよ」

「え」

「一袋全部食べ終わってからよ、新しい味にいくのは。
常識でしょ。」


「・・・・あのさ、僕は今まで生きてきて、こんな真夏の真昼間からおかきを食べて、
完食しないと違うおかきを食べちゃいけないなんていう常識、一度も聞いたことがないよ。」


それから、僕らは無言のまま、おかきを食べ続けた。

彼女の常識に従い、ひとつの味を完食するまで、違う袋を開けることはしなかった。
僕が帰るまでに彼女は6回お茶を入れなおし、僕らは全部で13袋のおかきを食べた。


僕の尻には、まだあの茶色くて弾力のない協調性の少ないソファの感触がはっきりと残っていた。







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